山形の食を、想いを、心を届ける
ドリームファームの様子

加工・開発
企画提案
ストーリー

山形牛ユッケ商品開発への挑戦。
日本初の生食加工認定工場に。

PROJECT
STORY

担当者の写真

加工部門 責任者N.MITOBE

2011年、北陸地方の焼肉店で発生した食中毒により、同年10月1日、厚生労働省は生食用食肉についての基準を設定。その基準は非常に厳しく、どこの会社も基準を達成していませんでした。代表の大沼は、食文化であるユッケを守るべく、先頭に立って商品開発を指示。そして日本初の生食加工認定を受け、日本全国のユッケ愛好家へお届けしています。

業務風景

STORY01 誰もやっていない事をやる!

インタビュー風景
代表の大沼と2人チームから全社をあげての取り組みに

中途で入社し、働きはじめて2年目の水戸部が所属する惣菜部門のメンバーに、ある日代表の大沼から一つの依頼があった。

「山形牛のユッケをうちで作ろう!」

ちょうど、厚生労働省が生食用食肉の扱いについての基準を厳しくし、どの会社も基準をクリアできていない時だった。

「今だから話すけど、実際は難しいだろうなー、と思っていました」
水戸部は言う。

「ガイドラインを調べたり、研修を受けたりするたびに、やっぱり厳しいなと思いました。」

惣菜部門に来ていた依頼だったが、いつのまにか、なぜか大沼と水戸部の2人チームに。
通常業務が終了したあと、大沼と鍋を前に箸でお湯をかき混ぜ、数値を図り、試行錯誤している自分がいた。

しかし実際にやってみると、2回目のテストでまだ問題は山積みなものの、「いけるかもしれない。」という手応えが。

そこから本格的な取り組みが始まった。

インタビュー風景

STORY02 お客様の「絶対安全」

山形牛ユッケ
全メンバーが立場の区別なく向かい合う。

生食用のユッケは、食中毒のリスクがある。
「そのため、絶対安心・安全な仕組みを作り上げる必要がありました。」

地元の保健所の指導も受けた。
ユッケ加工専用のスペースも工場内に確保した。
試作での工程を完全に再現できる工程を作り上げるために、様々な設備メーカーとの話し合いを繰り返した。

それと同時に、
「商品を作った後の販路をどうする?」
「商品を発送するのはどの方法がベスト?」
「商品のパッケージはどうする?」
などの実際に販売するための様々な懸案をクリアする必要があった。

そのため、いつしか2人で始まったユッケのプロジェクトは、全社を巻き込んだプロジェクトに。

そして、ついに生食加工認定工場の許可を取得。
同業他社もまだ成し遂げていない日本初の快挙だった。

「今は日本で5社ありますが、当時は日本初だったので、本当に嬉しかったのを覚えています。」

品質管理の様子

STORY03 チャレンジすることが次へつながる

品質管理の様子
当社を支える一つの事業として成長。

ユッケの販売が開始された。

今では当社HPのさがえ精肉でも個人の方へ販売しているが、当初は焼肉店などの専門店だけに販売していた。

にも関わらず、飲食店同士の口コミで、どんどんお問い合わせが!
多い月には数十件のお問い合わせがあったほど。
「お取引先も、どんどん増えました(笑)」

「本当に嬉しかったです。日本初の許可をクリアしたのも嬉しいですが、一番嬉しかったのは、お客様が私達の作り上げた商品を、心から求めてくれたことです。」

2人チームで始まった事業が、今では加工部門の相当を占める規模にまで成長した。

水戸部は言う。
「当社は、どーんと大きなプロジェクトを任せてくれるんです。度量が大きいというか。」
「食品業界ではありますが、良い意味でベンチャー企業のようなチャレンジ精神に溢れた会社です。」

MEATLAND RECRUIT 2021

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